宮城県仙台市にある移動式クレーン(オペレータ付)リース業・重量物・機器設置工事業を展開する新港機工株式会社です。

社長のひとりごと一覧

あの日

 光陰矢の如し、あの震災から13年目を迎える。あの日の午後2時46分、記憶が鮮明に思い出される。前職時代、事務所から車で宮城野区の岡田方面(甚大な津波の被害を受けて地域)へ向かおうと車のエンジンをかけ、資料を忘れたので事務所に戻りドアノブに手をおかけた時である。強い揺れが来た、これは大きいぞと思った瞬間、経験したことの無いようなものすごい揺れが私たちを襲う。
 アスファルトは、蛇が這うような形で動き、電柱がガタガタと斜めに傾く、国道45号線沿いのマンションの屋上にある貯水槽がスローモーションでも見ているかのように斜めに傾いていくのが見えた。携帯やテレビなどの全ての電気機器が不通となっている。また、電気・水道などのライフラインの使えない。しかし、どこからか地震の状況や津波の襲来を伝えるアナウンサーの声が聞こえる。『仙台港に10mを超える津波が襲来します。直ちに避難してください。高台へ避難してください」車の中からのラジオの声であった。10mを超える津波!!!『え~~!!!』
 そうしているうちに雪模様となってきた。東へ向かう車がいつの間にか大渋滞。歩道は帰路を急ぐ人々で民族大移動のような人と人と人の波。心配そうな顔をして「海岸沿いはどうなっているのでしょう」「蒲生地区は…」といった会話が聞かれる。まさにこの世の終わりとも思えるような光景である。日が暮れかかっても雪はやむ気配もないが人の波や渋滞も相変わらず続いている。家族の連絡も取れない、午後8時過ぎようやく事務所へ良かった!大事を確認し合う。
 岡田の叔父・叔母の安否が確認できない。従妹と一緒に避難所となっている仙台市立岡田小学校へ、電気も街頭もない真っ暗な中、その暗闇を仙台港周辺での火災の炎だけが不気味に赤く染まっている。道路は津波の影響で30~40センチほどの冠水状態の中を進む。避難所で確認するも手がかりはない。大事でなければと祈りながら帰路へ。夜空を見上げると雪もやみ、今までに見たことの無いような満天の星空であった。
 


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